投稿

Kabocha

イメージ
 2週間くらい前に、スーパーに、kabochaがあるのを発見した。 calabaza(通常売ってる南瓜)ではなく、れっきとしたkabochaだ。   速攻買いでかごに入れ、レジで値段を聞いたら、160ペソ(こちら感覚で1600円)だという。 いやいや、そんな高いもの買えないわと、キャンセルし、家に帰ったあと、急に後悔の念が湧き上がってきた。 何で、日本人の私がkabochaを、買えないんだ?! ちなみにその話を、ここに住む仲良しの友人に話したら、彼女は速攻で買いに行き、聞けば、”とても美味しかった”と言う。   私の意思は決まった。彼女に買えて、どうして私に買えない。よぉし、買うぞ〜! ・・という訳で、鼻息も荒く出かけたスーパーで、一つ一つ丁寧に、叩いてみる。 スイカを買う要領である。   まるで実験でもしているかのように、真剣に耳元でコンコンやっていると、通り越しに、 ”Alguien esta en Casa?(誰かいますかー?)"と、おじさんが笑いながら通り過ぎて行った。 よっぽど私の顔が切羽詰まって見えたのだろう。 あんた達、メキシコ人は、本当にいつも気が抜けてていいわよねぇ。 私もあれくらい呑気でやれたら、もっと幸せなんだろうなぁ。 無事、手に入ったkabochaは、キッチン台の上で、料理されるのを、静かに待っている。    

8月15日

イメージ
 私の母は、台湾生まれで、台湾バナナがどれだけ美味しかったか、よく話してくれた。 寒さが苦手なのは、私も同じ。   父は早食いで、それは、ぼやぼやしていると、分前がなくなったからだそうで、若い時は家計を助ける為に、そして社会に出てからも、いつも忙しく働くか、本を読んでいる人だった。   ここに改めて書くのは、母も、父も、もうこの世にはいないからだ。 時代は移り変わり、それとともに人は亡くなっていく。    8月15日は、私にとって、両親やご先祖様を思い出す、特別な日。        

変わり時

イメージ
何もかも、変わり時だなと感じる。  世の中の状況も、 経済状態も、 活動範囲、私たちの 価値観、 そして自分の在り方も。 とても貴重な時を生きている様に感じる。 だからそれを書き記すために、再びブログを開けることにする。 何が自分の中から出てくるかはお楽しみ。 写真は、去年撮った鎌倉の写真。美しい自然は、いつの時代も変わらない。